成田山東京別院深川不動堂
千葉県成田市にある大本山成田山新勝寺の東京別院です。
江戸時代、五代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院の発願により、1703年に永代寺の境内に「不動堂」
として建立されたのが始まりです。明治初期の神仏分離令により永代寺は廃寺となりましたが、
不動堂は残され、成田山の本尊である不動明王を祀り続けています。
現在の本堂は2002年に落慶したもので、木造の旧本堂を鉄筋コンクリート造りの新本堂が覆うようなユニークな構造をしています。
内陣には不動明王像が安置され、毎日行われる護摩祈祷には多くの参拝者が訪れます。
特に、太鼓や法螺貝が鳴り響く「お練り」は迫力があり、一見の価値があります。
門前仲町は、深川不動堂と富岡八幡宮の門前町として栄えた町です。江戸の風情を残す街並みには、
老舗の和菓子店や飲食店が軒を連ね、下町情緒あふれる雰囲気があります。江戸時代の浮世絵にも描かれた門前仲町の賑わいは、
今も変わらず多くの人々を惹きつけています。
●江戸時代の出開帳から始まる
江戸時代、歌舞伎役者・市川團十郎が不動明王を題材にした演目を上演したことで、
成田山の不動明王への信仰が江戸庶民の間で高まりました。
人々の「成田山不動明王を拝みたい」という熱意に応え、富岡八幡宮の別当寺であった永代寺で、
成田不動の特別公開(出開帳)がたびたび行われるようになりました。これが深川不動堂の起源とされています。
現在の地名「門前仲町」は、この永代寺の門前町として栄えたことに由来します。
●現在の深川不動堂の開創
明治維新後の神仏分離令により永代寺は廃寺となりましたが、不動信仰は途絶えることなく、
明治11年(1878年)に現在の地に成田不動の分霊を祀ることが認められ、深川不動堂が誕生しました。
●独特なデザインの新本堂
平成23年(2011年)に完成した新本堂の外壁は、不動明王のご真言(梵字)で埋め尽くされており、
「真言梵字壁」と呼ばれています。現代的で斬新なデザインが特徴です。
●迫力ある護摩祈祷
毎日数回、本堂で護摩祈祷が厳修されています。太鼓と炎が織りなす荘厳な雰囲気の中で、
参拝者は諸願成就を祈願することができます。
●新本堂「真言梵字壁」
建物を覆う梵字は圧巻で、一見の価値があります。外観を眺めるだけでも、深川不動堂の個性を感じることができます。
●旧本堂(現在の内仏殿)
関東大震災と東京大空襲で本堂が焼失した後、千葉県にあったお堂を移築したもので、現在も残る江東区内最古の木造建築です。
●内 仏 殿
旧本堂の裏手にある4階建ての建物で、1階には仏像、2階には四国八十八箇所の巡拝所、4階には天井画「大日如来蓮池図」があります。
「祈りの回廊」には、クリスタルの五重塔が1万体ほど並んでおり、幻想的な空間が広がっています。
●深川龍神
境内の水鉢に「龍神願い札」を浮かべて祈願すると、札が水に溶けて願い事が龍神に届くといわれています。
水の神様として、開運や成功を願う人々に信仰されています。
●開運出世稲荷
総檜造りの社殿で、成田山新勝寺の開運出世稲荷のご分霊が祀られています。開運成就のご利益があるとされています。
●毎月の縁日
毎月1日、15日、28日が縁日となっており、特に28日の「納め不動」は多くの参詣者や露店で賑わいます。
江戸情緒を色濃く残す参道「人情深川ご利益通り」も楽しめます。
深川不動尊鳥居
深川不動正面入口旧本堂を望む
新本堂「真言梵字壁」(内部撮影禁止)
真言梵字壁
旧本堂
深川不動堂の旧本堂(きゅうほんどう)の前に祀られている2つの像は、
不動明王(ふどうみょうおう)にお仕えする二童子像(にどうじぞう)です。
名前と意味
1. 矜羯羅童子(こんがらどうじ)右側
深川龍神
開運出世稲荷